TIの回路シミュレータTINA-TIが使い易かった件

超微小電流を検出するための回路を検討するのにTIの回路シミュレータTINA-TIを使ってみたところ、思いのほか使い易くて感心した話です。
TINA-TIはTexas Instrumentsが提供しているSPICEベースの回路シミュレータで登録すれば無償で使うことが出来ます。

回路シミュレータはマイコン技術者の必須ツール

マイコンが高性能になってソフトウェアで信号処理が出来るようになってもアナログ回路の知識が無くては実用的な回路は組めません。

例えばマイコンの出力でモーターを動かす場合のモータードライブ回路、センサの入力をA/D変換して取り込む部分にはアナログ素子を使った回路が必要です。
0~3.3Vの電圧を取り込むだけなら入力電圧を直接マイコンのピンに接続してもA/D変換した値を得ることが出来ます。
ただしノイズ等で範囲外の電圧が加わってもマイコンを壊さないための保護回路や正確な電圧を取り込むためのローパスフィルター・入力インピーダンスの整合を考慮して実用的な回路を組むためには簡単なアナログの知識が必要となります。

かく言う私もアナログ技術を専門的に勉強したことは無く基本的なオペアンプの使い方や入力インピーダンスについてはインターネットで収集した情報と試行錯誤で得た経験で対処できるようになりましたが、オペアンプを使ったフィルター回路(アクティブフィルター)を設計する場合に理論的な計算式から定数を求めることは出来ません、というかそんな面倒なことは今更やりたくありません。

回路シミュレータを使えばアナログ回路を設計するための難しい理論を知らなくても入力信号と出力の関係をグラフで確認しながら回路設計が出来るためデジタル回路が得意なマイコン技術者でもアナログのインターフェース回路まで自分で設計できるようになります。

回路シミュレータの役割

アナログ信号の入力に良く使われているアクティブフィルターについてはWeb上に様々な回路例や定数を求める計算サイトを提供されている親切な方がおられるのでそれを利用すれば基本的な回路設計が出来ます。
しかし実際のOPアンプは出力電圧電流の制限、入力バイアス電流、入力オフセット、周波数特性、位相遅れ等様々な動作に影響を与える特性があります。
端的な例だと理論的にはOPアンプを使ってフィードバック制御でモータードライブが出来ますが実際には出力電流の制限、発熱の問題でOPアンプを使ったモーターのドライブ回路は全く実用に適していません。

試作回路を組んでテストする前に回路シミュレータで実際のICを使った回路の動作特性をチェックしておくことで失敗の確率が減り開発を効率的に行うことが出来ます。

回路シミュレータを使っても実際の回路と全く同じにはなりませんがデバイスモデルは良く出来ているのでかなり精度のよいシミュレーションが可能となります。

回路シミュレータは簡単に使えるか?

有用で出来れば使いたい回路シミュレータですが設計の補助的ツールとして使う場合が多いので、使い勝手が悪いと使うのが面倒になります。

最近はちょっとした基板CADにも回路シミュレータ機能は統合されていますが使い勝手が悪く、つい使うのが億劫になっていました。
使いたいアナログICが最初から入っていることは殆ど無いので、そのICのデバイスモデルを探してきてシミュレータに組み込んで使うことになりますが、その手順が結構面倒なのです。

TI提供のTINA-TIが想定外の使い易さだった件

検討していたのはイオン数を測る測定装置が特殊なOPアンプを使うものでした。
イオンが保有する電荷は電気素量

e =1.6021766208(98)×10−19 C

単位なので イオン一個単位で検出しようとすれば サブa(アト 10−18)単位の電流 を測定する回路が欲しいところです。
実際にはアトという単位はOPアンプのデータシートで使用されることはなくそのような回路は実現不可能ですが少なくともf(フェムト 10−15  )オーダーの分解能を持つ回路が必要となります。

そのような回路を実現するためには出来るだけ入力電流が小さいOPアンプが必要なので、DigiKeyのリストで入力バイアスの小さい順に並べるとTIのLMC6041という入力電流Typ. 2fAのOPアンプが最上位に出てきます。

このLMC6041 を回路シミュレータで使うためのデバイスモデルがTIのサイトで見つかり、このデバイスモデルを基板CADのシミュレータに組み込むための情報を検索していると「TIの回路シミュレータTINA-TIなら簡単にLMC6041のデバイスモデルが使える。」と書いてあるのが目に留まりました。

「新しいシミュレータの使い方を覚えるのは面倒だけど、とりあえずインストールして使ってみようか。」と軽い気持ちでダウンロード&インストールして使ってみたところ、
何度かの試行錯誤はありましたがヘルプを見ることなく回路の入力から過渡解析の結果をグラフに出力するところまで出来てしまいました。

今まで使っていたシミュレータで手間取っていた信号源やコンデンサ、抵抗のパラメータを変更して再解析する手順も簡単ですっかりこのシミュレータのファンになってしまいました。

お勧めの回路シミュレータ

余り高度な使い方は出来ない私ですが今まで使った回路シミュレータの中でこのTIのTINA-TIはダントツお勧めのシミュレータです。

TIが提供していないパーツのデバイスモデルを組み込むための手順は調べていませんし、それなりに面倒だと思いますが、ベーシックなOPアンプLM358を作っていたナショナルセミコンダクタや高機能なA/Dコンバータを作っていたバーブラウンも今はTIの一部門になっているのでTIのアナログICだけでもたいていのことは出来そうな気がします。

この回路シミュレータを使った結果としてTIのアナログICを多用することになってしまうのがTIの営業戦略だと思いますが設計者としては簡単確実に望み通りの動作をする回路が出来さえすればよいのですから有り難いことです。

最近は各社から電子部品の3Dデータが提供されていて基板CADのフットプリントに組み込むことで基板の3Dモデルが出力出来てケースとの干渉を簡単にチェックできるようになった結果、コネクタ等は3Dモデルのある部品を優先的に選定するようになってしまいました。

アナログ素子も回路シミュレータで簡単に動作確認ができる部品を優先的に使っていくようになると思いますので他のメーカーにも使い易い回路シミュレータの環境作りに頑張ってほしいものです。

 

格安基板製作サービス

格安基板メーカーの急増

ここ数年で個人で頼める価格で格安基板を作ってくれるところが急激に増えました。
最初にOlimexが登場したときは品質の悪い基板でも一万円以内で作ってくれるということで感激したものですが、
いまや普通に産業用として使えるレベルの基板が送料込み1000円以内で作れる(セール価格)こともあるのですから驚きです。
プリント基板作成は設備の規模で品質と価格が決まるので基板を大量に作り大規模な設備投資をしている中国は有利な立場にあります。
基板データの受け入れチェックをする担当者も事務的でストレートな物言いをする中国の女性は向いていると思います。
阿吽の呼吸でこちらの不備をサポートしてくれる日本のメーカー担当者を相手にするのと違ってこちらもそれなりに割り切って対応する必要はありますが、慣れれば全く苦になりませんし寧ろ間違いが無くて良いと感じています。

P版COMとの出会いと別れ

昔、P版が出来た頃には頻繁にP版に頼んでいたのですが、ある時CADのバグと電話のやりとりの勘違いでフラットパッケージのパターンが潰れて全く使い物に基板を作ってきたときにはがっかりしてそれから中国のメーカーを探して使い始めP版に頼むことが激減しました。

話のタネにその時の事情をもう少し詳しく書くと、

フラットパッケージを45°回転すると基板CADのバージョンアップでPADの間を全て塗りつぶしたガーバーデータを作成するというバグがありました。
プラットパッケージを45°回転するとガーバーデータはPAD間が塗りつぶされてしまい全く使いものにならない基板になってしまいます。
他社のガーバービューアで見れば不具合が判るのですが、そのCADのバーバービューアでは正常に見えるためそのままP版にデータを出してしまいました。
P版では各社から受け入れたデータを一つの基板に面付してコストを下げるという手法を取っているものですから基板受け入れ時のチェックに時間的余裕がありません。
運悪くその時は他の仕事が重なっていたためP版の担当者の「基板データがちょっとおかしいと思うのですが。」という電話を別の部分の問題と勘違いして「問題ありません。」と返事して、完成した基板を見て青ざめる結果になってしまいました。
当然「こんな使い物にならない基板を作ってどういうつもりだ。」と抗議しましたが「電話で問題ないという返事をいただいています。」という回答で押し切られました。
以前からやっている日本の基板メーカーの担当者なら電話で「これこれの理由で全く使い物にならない基板なので作ることは出来ません。」ということを的確に伝えてくれるのでそのようなトラブルは発生しなかったでしょう。
その時の担当者はたぶん基板設計の経験は無くCADを使って面付する方法を覚えたばかりの若い男性みたいで、各社のデータをまとめて面付けし海外のメーカーに送るのに必死になっているような印象でした。

P版の複数の基板をまとめて面付してコストダウンを図る手法はそれなりに効果がありましたが基板データ受け入れ時の余裕が無くなることと、リピート時にも必ずイニシャルコストが必要という点で、イニシャルコスト込みで1000円台から基板が作れるようになった今ではデメリットばかりが目立つ手法になってしまいました。

基板CADの扱いが電子回路の基礎技能になる?

この流れでいくと今からは電子回路関係の仕事を目指す人にとって基板CADの扱いは基礎技能になるに違いないので工業高校の先生や生徒さんには是非、自分が設計した基板を作るという楽しみを体験してもらいたいと思います。

体験版格安基板製作サービスの評価

格安基板製作サービスの紹介サイトはたくさんあるので、使ったことがある格安基板メーカー限定で独断と偏見に満ちた評価を書いてみます。
リストは利用回数の多い順番に並べています。

1.PCBCART

P版に懲りて探したメーカーです
最初はおっかなびっくりで発注していましたが、基板品質は国内メーカー同等以上で今までトラブルを経験したことはありません。
最初の頃ガーバーデータ・NCドリルデータの他にCADが出力するデータを一緒に送ったら「意味の判らないデータを送らないで頂戴。」と怒った調子のメールを受け取ったことがあり、以降は必要なデータだけを圧縮して送るようになりました。
国内メーカーなら訳のわからないデータを送っても向こうで取捨選択してくれますがグローバル基準では自分で意味の判る必要なデータだけを送らなければならないということです。
対応して貰った受け入れ担当は全て女性ですがドライできっちりとデータをチェックしてくれて、問題があれば問題個所を示すJPGで指摘してくれるので判り易いです。

製造データは保存してあるので(期限はわかりません)リピート時にはイニシャル費用抜きで発注出来て、価格はP版の半額以下です。

通常コースで32層、0.075㎜の線幅まで対応可能だそうです。(6層を超える基板は頼んだことはありません。)

格安基板メーカーと競争するためでしょうか、最近値段の安いプロトタイプコースが出来て両面基板なら1000円台(送料別)で納期4~5日で頼めるようになりました。
ピッチの細かいQFPパッドでパッド間にレジストが無いのと独自のマークが印刷される他は8層、0.125㎜線幅まで対応可能なので普通の基板なら問題ないでしょう。

2.Fusion PCB

最近日本向けのサイトが出来て良くセールをやっています。
100×100㎜以内の基板10枚で送料込み$4.9(600円)で頼めたりするので大変お得です。

ここは最近使い始めて数回しか注文していませんが、注文し易さと基板の品質、ともにいい感じです。
今までのところ納期も早めです、ただし春節(旧正月)には2週間余りしっかりと休みその後も溜まった仕事のせいで少し遅れ気味になるので注意する必要があります。
PCBCARTはメールでのやり取りが基本英語ですが、こちらは日本語で対応して貰えるのもメリットです。

3.Elecrow

工業高校向けの格安基板を作るのに使っています。
基板製作の他にセンサーボード等のパーツも売っています、というかパーツ売りがメインでおまけとして格安基板製作があるというイメージです。

価格はFusionPCBと同等で、納期は多少長く掛かることが多いためFusionPCBへの依頼が増える傾向にあります。

(使ったことがあるメーカー)

4.P版COM

各社の基板をまとめて基板にしてコストを下げるという独特の手法を取っていてリピートが出来ない割にはPCBCARTの倍くらい高いので最近は使っていません。
基板品質は普通に良いですが、ここも製作は海外なので他のメーカーと同等と言えるでしょう。
納期が少し早いのと国内スタッフ対応が長所と言えば言えるでしょうか。

5.Olimex

格安基板メーカーが無かった昔には何度かお世話になりました。
数千円で基板が出来るという、当時としては画期的な価格だったのですが基板品質は値段なりであまり良くありませんでした。

そのため最近では使うメリットは全くなくなり基板製造サービスも終わったみたいです。